尾形乾山鳴滝窯跡
仁和寺ほど近く、宇多野にある宝蔵寺門前に尾形乾山の鳴滝窯跡の石碑が建っています。
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2007年07月15日(Sun)
尾形乾山鳴滝窯跡
鳴滝窯の鳴滝の由来は地域を流れる御室川の渓流がこのあたりで滝のようになり、水音が遠くまで鳴り響いたので地名となり、乾山の名はこの地が都から見て『乾(北西)の方角』にあることからそう号したと言われています。 京焼の祖といわれる野々村仁清に陶芸を学び、元禄12年(1699)、37歳の時にこの地に居を構え窯を開きます。50歳で、京市内の二条丁子屋町に移住、晩年は江戸に向い、寛永寺領入谷に窯を築いて81歳でその生涯を閉じました。 乾山は仁清と異なり、茶道具より食器中心、タタラに銹絵(さびえ)や白泥で描き、上絵で赤と緑などを散らしたスタイルは乾山ものとして現代陶工も度々試みています。また 乾山が成型し、光琳が絵付をする兄弟合作の作品が多数残されています。 尾形乾山(1663〜1743)は,呉服商雁金屋の三男で光琳の弟。乾山の号は,京都の乾の方向にあたるこの地に住して窯を築いたことによる。野々村仁清の色絵陶技を学び絵付模様に特色を出して高雅な作品を残した。晩年は江戸に下り入谷に住した。この石標は乾山の邸宅と鳴滝窯の跡を示すものである。 フィールド・ミュージアム京都から引用
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