京都人による京都案内
京都人が京都の良きところを紹介します。たまに他府県も混じります。
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京焼・清水焼 窯元 谷口松韻堂 京都三年坂よりほんまもんの清水焼の今昔をお届け致します!/一覧 (2631)
京焼・清水焼 (930)
清水焼は青の美しさにあり (237) すべての器には物語が (54) 三年坂界隈 (58) 谷口松韻堂 (126) 楽焼 (86) 抹茶碗 (281) 掲載メディア (19) 三年坂ではたらく丁稚の独り言 (108) お客様の声 (25) 窯だしの朝 (15) 清水寺観光案内 (48) 高台寺観光案内 (19) 清水焼の作陶日誌 (47) 高山寺鳥獣戯画 (114) 清水焼・京焼Q&A (10) リンク集 (1) 京都人による京都案内 (389) 三年坂の365日 (33) 碑(いしぶみ)調査隊 (31)
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2008年08月17日(Sun)▲ページの先頭へ
六道まいり 2008
![]() 今年の六道詣りは 父が撮影してきてくれました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
大文字 五山の送り火 2008
![]() 今年の大文字、五山の送り火を見に行きました。 京都では 自分の名前と持病を記した護摩木を火床でたくと、 その病が治癒するという信仰があり、送り火早朝には 銀閣寺門前まで護摩木を書きに行っています。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
2008年03月24日(Mon)▲ページの先頭へ
東山花灯路 2008
京都東山花灯路 2008、最終日にようやく、見に行って参りました。
2008年02月12日(Tue)▲ページの先頭へ
雪の南禅寺界隈
雪の日の三連休初日、ねじりまんぽを越えて南禅寺界隈も見に行ってみました。 雪化粧の東山、まだまだ撮りましたが、ひとまずここまでにします。 雪の維新の道
2月9日の雪降りの日は維新の道を通って、京都護国神社、霊山正法寺まであがってみました。 雪の知恩院
雪の知恩院、主に三門前を歩いてみました。 雪の鴨川
雪の日の鴨川です。 さすがにカップルはいません。 雪の日の鴨川も風情がありました。 雪の八坂神社
雪の八坂神社へ行ってみました。 雪の平安神宮
雪の平安神宮へも徒歩で行ってみました。 雪の円山公園
雪降る中、円山公園へも足をのばしてみました。
2007年12月19日(Wed)▲ページの先頭へ
京都ホテルオークラのクリスマスイルミネーション
2007年クリスマス直前、昨晩は河原町御池にある京都ホテルオークラのクリスマスイルミネーションを見て参りました。 河原町御池角の少し落ち込んだ半地下の広場は「サンクンガーデン」というそうです。 こちらは通りを挟んで西側、市役所の入り口にあるZEST御池入り口のイルミ。 早速下へ降りてみました。 メインのけやきの木には、白色をベースに青・赤・緑色のLEDが点滅。回りの街路樹も合わせるとその数4万7500球の電飾が飾り付けられています。 サンクンガーデンには今年のイノシシの銅像、ポルチェッリーノもありました。 この像はイタリアの著名な彫刻家ピエトロ・タッカのブロンズ像「ポルチェリーノ」のレプリカ。本物はフィレンツェのメルカートヌオヴォ広場(新市場)に置かれている。 十数年前、同ホテルと取引のあった貿易会社から贈られたという。同じようなレプリカは、パリのアンリ四世広場やマドリードのフィリップ四世広場などにもあり、各地に点在している。 半地下となったガーデンの奥まった場所にあるものの、「幸運が訪れる」という碑文に刺激されてか、鼻の部分だけ金色に光っている。 道ばた資料館より引用
イルミネーションの中でも青色は最高!思わずため息がこぼれてしまいました。 このほかに、ホテル1階ロビーには、高さ約4,7メートルのチャリティーツリーが飾られています。点灯は来年2月14日まで なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]()
2007年12月14日(Fri)▲ページの先頭へ
京セラ本社ビルのX’masイルミネーション
伏見は新堀川に通り、パルスプラザ横にある京セラ本社ビルのX’masイルミネーションを昨晩見て参りました。 コンパクトデジカメをクラッシュしたので、今年買った機種、DMC-FX30で撮っています。 残業族を待つタクシーがずらりと停車しており、クルマを止めるのがここは難しいです。 本年、使用する電球のほとんどには省電力タイプのLEDを採用しているのだそうです。 駆け足で地下鉄竹田駅へ向かう京セラの社員さん達。 本社ビル東西の壁面において、各階室内照明を活かした巨大なもみの木は新堀をクルマで移動するとランドマークのように遠くからでも見ることが出来ます。 同じく京都に本社を置くロームのイルミと違い青と白の電球が多いです。 この幻想的な光の空間は、積雪の光の森と名付けられています。 夜空に浮かび上がる巨大なクリスマスツリー、そして、そのツリーを取り巻く幻想的な樹木の光が、伏見の冬の夜を彩ります。 ここはクリスマスを過ぎても大晦日までライトアップをされています。ただし、毎夜11時消灯です。 なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]()
2007年11月28日(Wed)▲ページの先頭へ
日向大神宮の紅葉
2007年11月25日(Sun)▲ページの先頭へ
紅葉の清閑寺
本日、早朝、清閑寺の紅葉を見に行ってきました。 高倉天皇陵脇の石段を上って、 清閑寺の門をくぐると京都市中を見下ろせる高台には絶好の紅葉が広がっています。 ここはおとなりの某寺とちがい、極端に人気がいない。 独特の清閑寺もみじ、ちょうど見頃でした。 高倉天皇陵あたりに植わった紅葉の樹の本数は尋常でないことを知ります。また日当たりが良いせいか葉先が枯れず綺麗に紅葉していました。 小督の局と清閑寺の由緒が書かれた駒札。 剃髪させられる小督を描いた平家物語絵巻の駒札。まだ最近できたばかりのようです。 小督は自分の娘婿・高倉の愛を奪った者として清盛の怒りにふれ、清閑寺で出家させられ、死後はここ高倉天皇の隣に葬られたとされており、小督の墓も天皇陵の隣、寄り添うようにあります。 ものすごく手入れが行き届き、苔生した庭はたとえ小さくても心地良い。 要石からの扇形の景色をレンズにおさめ、 ここは東山の紅葉の穴場だと再認識して帰宅しました。 なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]()
2007年11月22日(Thu)▲ページの先頭へ
第27回日本盆栽大観展
招待券を頂いたので仕事を抜け出して、みやこめっせで開かれている、第27回日本盆栽大観展 ついに見てきました。 先輩が陶工だよりで書いていたけれど、やはりイイモノは高い。安いもので数万、イイモノはウン十万はする。 そりゃあ、あれだけ幹を低く太らせようとすると恐ろしい年月がかかりますもの。それだけにみなさん価値を解っているのか何万もする鉢が結構売れていました。 今回の盆栽大観展、自分も盆栽鉢を作ったり、売ったりするのでその市場調査を兼ねていたのですが、安いものは中国産が結構多く、限りなく安い。その一方、平安東福寺や香山に代表される名品はベラボーに高い。両極端な印象を受けました。 でも大半は実もの、樹ものといった庭木に目がいって、目立たない鉢までお金をかけるのかなあと言う感想を持ったのも事実。 みなさん(現代陶工)があまり参入していない盆栽鉢、植木鉢の世界。 需要を掘り起こしたいとの思い一心でヒントを探し求めて見て回りましたけれど。 なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]()
2007年11月21日(Wed)▲ページの先頭へ
彦根城築城400年祭
国宝彦根城築城400年祭へ行って参りました。 閉幕まであと5日ということもあり、ここ彦根は更なる人出が。 長浜出身の母に一緒に行くかと尋ねると子供の頃から遠足で何遍も言ったし今更いかへんということで家内を連れて行きました。 とりあえず、彦根城の堀から。 ここ数日の寒さですっかり秋めいてました。 夢京橋キャッスルロードを通って京橋から石垣を望む。 ペロタクシーにも御大が描かれる人気。 二の丸あたりで珍しい二期咲きの桜が満開でした。桜と紅葉の競演。 桜と、 紅葉。まさに雲錦。 その日は錦秋というにふさわしい彦根城の秋でした。 NHK大河ドラマ 花の生涯の記念モニュメント。 井伊大老の銅像。 屋形船でびわ湖から金亀山にそびえる彦根城の景色。 重要文化財の馬屋。 国宝 彦根城築城400年祭ということで通常の入場料が倍になっていました。 2年ほど前に一度訪れましたが、次回の500年祭の頃にはこれないので意を決して4カ所のセット券購入して見て回りました。1400円なり。 そして、まずは彦根城博物館。 彦根藩の所蔵する井伊家伝来のほんまものの家宝がずらりと並んでいました。内部はほとんど写真が撮れませんが、必見です。能舞台と表御殿奥向にて。 佐和口の開国記念館へ。 ここは400年祭期間中だけ公開されています。 中では井伊家十四代物語ということで井伊家の歴史を学ぶことが出来ます。直弼の粘り強さにあこがれました。写真撮影不可。 備中高松城と姉妹提携をしていました。 天守へは行列待ちで結局あがりませんでした。 あのお方の出没時間と場所、下の方に住民票が貼られていました。 天秤櫓。 秋晴れでしたが、今年初の木枯らしが吹いたそうで冷たく強い風の吹く一日でした。 おまけ。ひこにゃん。 井伊家の赤備 鉄砲部隊も出陣するそうですが、そちらは出会うことはありませんでした。 ありがとう彦根城! ありがとう!400年祭! なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]() 湖東焼 美濠美術館
和菓子や たねやの彦根店、美濠の舎にある美術館、彦根藩 湖東焼 美濠美術館へいってみました。 湖東焼とは彦根を中心とする焼物の総称ですけれど、メインとなるのは幕末、彦根藩の御庭焼のことです。前後の民窯時代を含めても約60年ほど、藩窯となると20年ほどで途絶えた幻の焼き物を、たねや近江文庫が収集してその一部を常設展示しています。 青磁や赤絵金彩、交趾などもありますが、80パーセント以上が染付の作品。幻の焼き物といわれていますが、直亮、直弼公が茶道具を自作したこともあって、直弼自らがデザインや数量を指示し、作らせたものが多数。関東大震災で井伊家東京屋敷にあったもの大半が損失したことが惜しまれます。 湖東焼には信楽焼と九谷焼の両者の影響を大きく受けているとキャプションにあったが、幕末と言うことで、磁器の焼成技術も上がっておりいずれもがスカッと綺麗に焼き上がっていて発色もすばらしく井伊(良い)。 万国博覧会出品時の粟田焼にも通じる細密工芸の世界観は京焼の影響もお互いが受けている印象を受けました。 湖東焼 文化十二年(1829)に、彦根城下の古着商、絹屋半兵衛らが伊万里の陶工を雇い開窯したことに始まるが、 天保十三年(1842)十二代藩主、井伊直亮の命により、藩窯として召上げられ、 京焼、九谷、瀬戸から多くの陶工が招かれ優品が焼成された。 文化人であった十三代藩主、「井伊直弼(いい なおすけ)」の代には、窯の規模の拡大などが計られ黄金時代を迎えたが 直弼が桜田門外の変に倒れた二年後、文久二年(1862)に民間に払い下げられ、藩窯としての短い歴史を閉じた。 その後、民窯湖東焼も明治二十八年(1895)頃に廃窯となっている。 あっぱれ直弼公とたねやCEO、ロマノフ王朝にしても、ハプスブルク家にしても、為政者たるものこうでないと。 なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]()
2007年11月15日(Thu)▲ページの先頭へ
近江のベニスの商人
アンパンマン人形が飾ってありました。 春の桜、初夏の菖蒲の頃もあな美し。 八幡堀に沿った瓦工場の跡地に、建てられたかわらミュージアム。白と黒のモノトーンが景観に違和感なく溶け込んでいます。 今回は初めて八幡山のほうへもあがってみました。 豊臣秀次 1568年(永禄13年)秀吉の姉(日秀尼公)の子として生まれます。八幡城を築き城下町を開いて近江八幡を商都として繁栄させるのに大きく貢献しました。 秀吉の養子になり一度は関白となりますが、淀殿の子(後の秀頼)が誕生したため、 1595年(文禄4年)秀吉の後継者を巡り自害させられました。享年28歳。 村雲御所瑞龍寺門跡 1596年(文禄5年)、豊臣秀次の生母(秀吉の姉)日秀尼公により、秀次の菩提を弔うため、後陽成天皇から瑞龍寺の寺号と京都村雲の地に賜り創建され、1961年(昭和36年)に京都よりこの八幡山へ主要建物が移築されました。日蓮宗唯一の門跡寺院です。 近江八幡の市街地や西の湖など四季折々に情緒豊かな表情を見せてくれる大パノラマが楽しめます。 琵琶湖の向こう比良山系の眺望が晴れていたら望むことが出来ました。 近江を制する者は 天下を制するといわれたこの地、秀次は眼下に琵琶湖や安土城を見下ろして何を思ったのでしょうか。 とはいうものの2007年秋、近江路ののどかな午後でした。
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2007年11月14日(Wed)▲ページの先頭へ
貴船もみじ灯篭
もともと、和泉式部が恋を祈り参詣した道。今では「恋の道」とも呼ばれることから、若いカップルの来訪がめだちました。 貴船もみじ灯篭 2007年11月10日から11月25日まで点灯:日没〜21:00頃 で開催。 叡山電車の「もみじのトンネル」もライトアップされますので、車窓からの景色を眺めながら電車で来た方が良いかもしれません。 ただし、貴船の夜は寒いよ〜。覚悟してください。 なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]()
2007年11月07日(Wed)▲ページの先頭へ
母校遙かなり
交通の便の悪いこともあり、卒業してから10年以上経ても不思議と一度も行く機会がありませんでした。 向こう側も昔は駐輪場だったけれど、いまは体育館に変わっていました。 まだ昔と変わらずやっているみたいです。私もお世話になったので偉そうなことは云えず。 キャンパスは山の斜面に点在するので通学するものにとっては足腰が否が応でも鍛えられてかえって良かった感もありますが・・・ 一昔前はこのあたり雪が良く積もるのですべって転んだ記憶があります。 私の記憶が確かならこの下にレストラン ふるさとがあり、金持ちな学生はそこを利用していたはず。 一つ残念なのは私のゼミの恩師が今年の春、退官してしまったので思い出の研究室がなくなっていることでした。 ここは一食。第一食堂です。ファミリーマートや百均が出来て、10年前の面影はまったくありません。 そして向こうに見える古いフェアレディZ、似つかわしくないがあれはいったいなんだったのだろう。 一つ心残りなのは2食(第2食堂)を見に行く時間がなかったこと。それは次回の楽しみにということで帰路につきました。 母校の後輩諸君へ 人生に回り道はあっても無駄な道はひとつとありません。 青春を大いに謳歌して下され。 なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]()
2007年11月04日(Sun)▲ページの先頭へ
一度は行ってみたいこんな店、福井 かねまつ
以前、このサイトで京都は宮津駅前にある富田屋は新鮮な日本海の魚が安くて美味しいと紹介しましたが、福井県小浜市にもそれに匹敵するか超える店を発見しました。 あまりに美味しくて安かったので、紹介させて下さい。 福井県小浜市の中心街、大手町ビル2階にあるおさしみ処、かねまつはとびっきりのおすすめの店です。 店へ入ると地元の人や旅行客、遠方からのツーリング族で満席。 なぜかビルの2階にあり目立たない店ですが、昼時は大変混雑しています。 丼と小鉢、香の物、お味噌汁(こちらはアラ汁で飲み放題でした) イケナイ、イケナイ。 あまりのおいしさにうっかり写真を取り忘れるところでした。 海鮮丼の方は、日本海の魚のほかにウニやイクラものっており、多くの魚が新鮮なせいかコリコリしています。 上をめくってもまだまだ下にも具があり、ご飯の量より、具の方が多かった、これで700円信じられませーん。 行列が出来る店や、ガイドブックに載る店にはずれが多いなか、ここは岐阜の飛騨牛の焼肉店、藤太と並ぶオススメの店です。 次回、小浜市に来る機会があったら、舟盛りでてくるおまかせ定食たべてみようと心に誓って店を後にしました。でも日本海までくれば敦賀にも越前にも魚の美味しい店知ってるし、あーもう迷う。神様の意地悪〜。 場所はここ→→食事処 かねまつ 時は食欲の秋、たまにはこんなのもありということで。 なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]() 智恩寺−三人寄れば文殊の知恵−
その文殊菩薩をまつった智恩寺が天橋立の南端にあり。通称、文殊堂で通っていますが、ここは正式には 天橋山 智恩寺というそうです。 建造にあたっては当時、棟梁は宮津の名工冨田庄次郎足掛け七年の工事、大工は延べ8780人を要したことが、職人の出勤簿である出面板により知られます。 細部に至るまで本格的な唐様になる山門として丹後地方最大のものです。関東地方に行ったことのある妻によるとここ山門は浅草の雷門みたいと言っていました。 大同3年(808)に平城天皇の勅願寺として創建され、延喜4年(904)に醍醐天皇によって山号と寺号をつけられたそうで、大同三年といえば三年坂の出来た年、御縁を感じます。 珍しいところでは算学の絵馬がいくつも掲げられています。江戸時代の日本人も文殊菩薩の知恵にあやかろうとしたためでしょう。 鐘楼門は暁雲閣と称して、宮津の商家木村正英が愛娘二人を亡くして菩提を弔うために建立したという話です。愛娘二人の法名が「暁山彗察」「洞雲自照」から一字を取っての事が「暁雲閣」の所以とされています。 下層の両側に亀腹が付いた竜宮門形式になり、寄棟造、桟瓦葺の屋根は軽く起(むく)りを帯びています。上層には、再建の経緯を記した銘額「暁雲閣記」が揚げられています。 山門より本堂に向かって左手にあるのが多宝塔です。1500年(明応9年)室町時 代の建立で、重要文化財に指定されています。シンプルな下層に比べて上 層はかなり複雑な構造になっていて、当時の建築様式を色濃く残しています。 力石は大130kg・中100kg・小70kgの石。これも触ると力でなく知恵が授かると言われています。 智恩寺の霊木「文樹」は、人生を智恵で飾る者に幸せが訪れることを示す樹と云われています。 天も地も 海も山も 野も川も 人も 創り主にいかされている 生かされている恩を知るものを 最高の尊者という。 含蓄のある素晴らしいお言葉です。
このユニークな形の輪灯籠は、もともと付近を往来する船の安全のために建てられたもので、ありがたい文殊さんの知恵の光として、智恵の輪灯籠の輪を3回くぐれば文殊様の智恵を授かるという言い伝えがあります。 3回くぐると頭が良くなるとかで、皆さん、ぐるぐる回られていました。 京都広しということを再認識した天橋立への旅でした。 なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]()
2007年11月03日(Sat)▲ページの先頭へ
天橋立公園−日本三景、天橋立−
大天橋は江尻から南西に潮流に沿ってできた長さ2,400メートルの砂州で、約3,700本のマツが成育しています。 1955年6月1日には若狭湾国定公園の一部として国定公園に指定されていましたが、つい先日、2007年8月3日に丹後天橋立大江山国定公園として独立しました。 平成6年には新たに老松、奇松とされる12本の愛称を公募。「九世戸の松」「智恵の松」「源氏の松」などが新たに命名がされました。 写真は知恵の松。三人寄れば文殊の知恵にちなんで珍しい三つ又になっていることからそう呼ばれました。 松は日本の風景、日本人の心です。 日本の松の美しさは砂浜と対比した「白砂青松」の海岸美、天橋立はそれを感じることができます。 砂州(さす)…海岸線をやや離れて、海側に細長く砂礫(されき)が堆積(たいせき)してできた地形。 小雨はれ みどりとあけの虹ながる 与謝の細江の 朝のさざ波 寛 人おして 回旋橋のひらく時 くろ雲うごく 天の橋立 晶子 その名の通り、与謝野寛・晶子夫妻は、寛の父礼厳が加悦町出身ということもあり、天橋立に度々足を運ばれました。 剣豪として名高い岩見重太郎兼相が、父の仇として広瀬軍蔵、鳴尾権三、大川佐衛門の三人の仇討ちをしたと伝えられている場所です。 岩見重太郎兼相は、広瀬軍蔵、鳴尾権三、大川佐衛門の三人を追って、丹後の宮津に来ましたが、三人は重太郎を恐れて領主京極家にかくれていました。そこで、京極家に乞うて仇討ちを許され、寛永9年9月20日(1632)天橋立の濃松において三人を討ち倒し、ついにその本望をとげたと伝えられています。 なお、岩見重太郎は、薄田隼人と同一人とされ、豊臣家の家臣であったが大阪冬の陣といわれる慶長19年11月(1614)には大いに戦って名をとどろかし、さらに翌元和元年5月(1615)夏の陣では、惜しくも戦死したといわれています。 岩見刀が土産物店の軒先に飾ってあるのを見つけました。 長寿の霊泉とも崇められ、お賽銭が投げ入れられていました。 大砲履歴 一、名称 四十口径安式十五センチ砲身 二、製造会社 明治三十五年イギリス、アームストロング 三,砲身価格 一万六千円 四,重量 約五トン 五,長さ六メートル四十センチ 六,砲丸重量 四十五キログラム 七,発射弾有効距離 一万二千五百メートル 八,発射弾飛行時 三十八秒 九、弾丸火薬 一発価格百円 十,元搭載艦名 軍艦春日 文殊と天橋立を結ぶ廻旋橋の橋が回る様子を動画で撮りました。 遊覧船や貨物船などがここを通過するたびに、中心部を軸に回転します。この回転中は、橋は通行不可となります。文珠から、この橋を渡ると、目の前に松並木が広がる天橋立に入ります。 なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]()
2007年10月31日(Wed)▲ページの先頭へ
天橋立雪舟観展望休憩所
室町時代の水墨画家、雪舟が国宝「天橋立図」(京都国立博物館藏)を絵に描く際、構図を参考にしたと伝わる宮津にあるその名も雪舟観展望休憩所へのぼってみました。 国道178号線から宮津湾に沿うように車を走らせると、日本クリニックという工場の前にお稲荷さんの鳥居が見えてきます。 余談ですが獅子崎と書いてなぜか「しいざき」と読み、カーナビに何度、読みを入れても地名が出ず困りました。 この小屋の屋根の下に雪舟の天橋立図の銅板があり、その眺望を元絵を見ながら確認できるのですが、暗くて綺麗に撮れませんでした。残念。 目線が低いせいか、傘松公園の股のぞきや飛龍観の景色とも全く違います。いわば動に対する静。山頂はとても閑静で自然の魅力にあふれていました。 『弁当忘れても傘忘れるな』『山陰(やまのかげ)』とはよく云ったもんです。 なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]()
2007年10月29日(Mon)▲ページの先頭へ
10月29日の紅葉、どんなもんだろ?
佐藤太清記念美術館
芸術の秋2007。
もう一ヶ月ほど前の話ですが、福知山にある佐藤太清記念美術館へ招待券を頂いたので行ってきました。 今秋は京都市美術館で開かれている再興第92回院展、美術館えきのピカソ展、難波高島屋の細川護煕展など招待券を頂いているにもかかわらず、行けない展覧会が多くなんとももどかしいかったのですが、この佐藤太清の世界がその陰鬱な気分をを消し去るほどに素晴らしかったのをはっきり覚えています。 04年に90歳で死去された現代日本画家で、文化勲章受章者 佐藤太清は画家としての大半を東京の板橋のアトリエで生活されていたので関東の画家のイメージがありますが、出身は京都の福知山です。 この美術館を見た感想ですが、端的に○か×かで云うと◎でした。 彼は生涯に渡って鳥や花の絵を描いた作品が多く、自分が鳥が好きなのもありますがツルやサギなどの野鳥と何気ない花のある生活の一コマを融合させた彼の花鳥風景画の絶妙の調和にその日、深い感動を覚えました。 同じ花鳥画なら上村淳之なども好きでよく見ていますが、太清画伯のそれは印象派の絵のように柔らかき色彩で穏和な画風。これがセンシティブな私の琴線に触れました。 館内には画伯のアトリエも再現されておりますが、氏は几帳面な性格なのか、何人もアトリエへの立ち入りを許さず、さすが整然と絵筆やキャンパスが片づいており、出来る男の仕事場を垣間見た気がしました。 写真も沢山お撮りしましたが、たまには写真に頼ることなく文字だけで佐藤太清記念美術館をお伝えしました。 芸術の秋本番、このあとはカルロ・ザウリ展と話題の狩野永徳展を見に回る予定です。 なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]()
2007年10月27日(Sat)▲ページの先頭へ
北山ハロウィン
京都市内でもっとも欧米化!?した地区、北山で開催中の北山ハロウィン2007、いよいよクライマックスを迎えているので、ちょっくら覗いてきました。 今年で、なんと10年目、2007年は10周年記念のアニバーサリーなんです。 カトリックでは10月31日この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられ、これらから身を守る為に仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いたのが始まりだそうです。 要するに、ざっくり云うとハロウィンは日本人にとってのお盆+迎え火、送り火などの万燈会と理解して良いようです。 これこれ、ドラゴンクエストのスライムじゃないですよ。もっとも色合いからするとスライムベスでしょうか。 B-lock階段、27日、28日の夜、ここにはカービングされたかぼちゃが並びますが、その日はまだこの程度でした。 このほかにも北山通りには沢山のハロウィンかぼちゃやディスプレイが並び、26、27日の両日は夜間キャンドルが点灯されます。 くりぬいた中身はどうするのだろう? 日本の南瓜と一緒でお化け南瓜は食べても美味しいのでしょうか? アメリカへハロウィーンが渡る昔、カトリックのアイルランドでは、カブでこの提灯をつくっていたんだそうです。 いまでもアイルランドではカブで作るそうな。 ひとつざんねんなことは下鴨本通りより東には有名な教会や迎賓館がたくさんあるのにそちらではハロウィンのお飾りはほとんど無かったことです。 あのあたりもクリスマスの時のようにディスプレイされればより北山の人出も増すだろうと思い帰ってきました。 ちなみにそんな私、職場は東山、自宅は伏見です。 なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]()
2007年10月20日(Sat)▲ページの先頭へ
無鉄砲−ラーメン王国、京都の盲点−
情報誌に掲載される行列の出来るラーメン店ほど大したことないと偏見を持つ私が久しぶりにガツンとインパクトを受けた店を紹介します。 無鉄砲です。 めん馬鹿一代の鉢から火柱が上がるラーメンよりある意味衝撃的でした。 京都府の南端、府道44号線の木津町と加茂町の境界近く、ここはおそらく京都でラーメン通を自負する人でも盲点になっているかもしれません。かくいう私もそのひとりでした。なにせ、すぐそこは奈良、しかも辺鄙な場所にあるのだから。 平日の深夜、店に到着すると、もっぱら醤油系のラーメンが好きな私は、豚骨の匂いと行列の長さにびびりまくり。引き返そうかと思いましたが、せっかくここまで来たから食券を購入しました。 麺堅めやスープの濃さ、ネギの多少などは来々亭を始めどこでもやってくれるのですが、そのバリエーションがすばらしい。 『麺固め』、『超固』、『超々固』はあたりまえ、 『バリ固』や、『針金』まで。スープも『超々あさ』から、『超こて』、『超々こて』『6:4のダブルスープ』など、はじめて来た私は勝手がわからず、他の客の宇宙語のような言葉に聞き耳を立て、真似てたのんだのでした。 あの天下一品のこってりが可愛くみえるくらいのこってりさでした。まるでラーメンのカルボナーラです。確かめたのですが、食べた後の鉢に箸を縦につきさしたら、おどろくことに立ったんです。 のちほど店員がやってきて、ひとりひとりにオプションどおりにラーメンが来たか聞きに来るのです。びっくり!ここまで親切な店いままで無かったから。大繁盛店に上り詰めてもお客様への接客の細やかさにも感動致しました。 無鉄砲本店、恐るべし。京都ラーメン通を自称する私も恥ずかしながら盲点でした。明日からは心を入れ替え、更に京都ラーメン道を精進致します。 そんな私のお気に入りは夜鳴き屋、ますたに、ラーメン天、ラーメン藤(前の大将の時)、珍遊あたりです。 なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]()
2007年10月18日(Thu)▲ページの先頭へ
亀岡夢コスモス園 2007
地元の特産品市や駐車場完備なことから期間中、園には多くの観光客が訪れています。 近くに西国札所の穴太寺、出口王仁三郎ゆかりの小幡神社もあり、近隣の観光資源に不足していません。 なにとぞ下のボタンを押して下さい。続ける糧となります。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ![]()
2007年10月13日(Sat)▲ページの先頭へ
山の辺の道 1
川端康成 日本最古といわれる山の辺の道。 三輪から奈良へと通じる7世紀初めに作られた古道です。文字通り、大和平野の山裾を走る山の辺の道、天理市から桜井市までその距離約15キロといわれています。 関西有数のハイキングコース、そこを私は自転車で往復しました。(結果的に山坂道が多いせいか、半分の行程は押して歩いており、これから行かれる方には自転車はオススメしません) 今はやりの言葉を使うと ”どんだけー”と叫びたい気持ちを抑えながら。 もともと本殿はなく拝殿からその背後の禁足地を遙拝し、禁足地には主祭神である神剣布都御魂が安置されていると伝えられてきました。 明治時代に禁足地を発掘し、剣一振(素鐶頭太刀そかんとうのたち)が出土したのを期に、これを布都御魂(ふつのみたま)として、本殿が造営されました。 その昔、後醍醐天皇が京から吉野に御忍びで行かれた事があり、 内山の永久寺までお越しになられた際に、そこのカヤの御所で御身をひそめておられたとか。 その時、御乗馬がこの池のほとりで亡くなり、 その馬の亡魂がこの馬魚になったのだという事です。 珍魚、馬魚。
世界も広いが日本も広し。 山の辺の道 2へ続く
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