丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−

京都は京北町にある鉱山の中を実体験できる丹波マンガン記念館へ行ってみました。

2007年09月29日(Sat)
丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−
丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−京都は京北町にある鉱山の中を実体験できる丹波マンガン記念館へ行ってみました。

丹波マンガン記念館は在日朝鮮人の元鉱員李貞鎬さん(1995年死去)が、自身の所有する新大谷鉱山を家族で整備し、資料館とともに1989年に建てられたものです。

現在は、ご子息が李龍植さんが館長を務めておられ、溜まり溜まった濃い話を聞かせて下さいました。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−裏の鯖街道ともよばれる周山街道から辺鄙な山道を奥深く入っていくと記念館はあります。ほんとにこの奥に記念館はあるのかと思えるような場所にあり、場内は独特の雰囲気があります。私が訪れたときは奈良の人権団体の方が来ておられました。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−丹波はかつて国内最大のマンガン採掘地帯です。旧京北町、旧日吉町、旧美山町を中心として丹波盆地の中に、300もの鉱山があったそうで、1896年頃から1983年頃(なんと最近)まで採掘が行われました。いまもなおあちこちにその坑道が残っています。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−この記念館の裏山にもその跡はあちこちに穴が残っているそうで、散策道ができていました。

生野や石見の銀山と異なり、大手が参入するほど高価でもないマンガン、その多くは零細企業や軍部が中心となって開発したのだそうです。
私も陶芸材料やマンガン電池でも使うマンガン、鉄と溶け合わさると、鉄を強くする性質を持っているため、とりわけ戦時中たくさん掘られました。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−鉱山で働いていた人々の多くは、朝鮮半島や中国、被差別部落の人たちです。戦時中に労働力不足を補うためにとりわけ朝鮮から多く強制連行されてきました。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−飯場はご飯を立って食べたり休憩する場所です。一度、シベリアに強制連行された日本人の生活ぶりをお伝えしましたが、こちらも目を覆うほど悲惨でした。だんご汁と菜っ葉だけの生活、それでも当時、強制連行された朝鮮人は男の人で200s〜300s、女性で100s近いマンガンを毎日背負って運んだそうです。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−戦争中は被差別部落の人々を中心とした労働者が20s〜30s離れた最寄りの鉄道駅まではベタ(牛)車でマンガンを運びました。

被差別部落の人、強制連行の朝鮮人同士でも差別は行われたようです。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−川端大切坑入口です。300メートル約30分、ここから坑道のなかを実体験できます。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント− 坑内の温度は10度、ポタポタと上から水が降ってきてコウモリが飛んでいました。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−中には当時の採掘作業などがマネキンをおいて再現されています。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−タヌキ掘りといってはいずりながら横穴を掘っていくのがここの鉱山の特徴です。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−暗く怖いの一言です。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−展示物や看板は手作り。これがこの記念館の独特の雰囲気を醸し出していました。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−終戦後、帰国された方でも多くの方がじん肺で苦しまれたそうです。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−もし岩盤が崩れたら?実際崩れた鉱山もあるでしょう。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−セットの(ハンマー)の手掘り、サザエの明かり。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−その過酷さは筆舌に尽くしがたいのでぜひこの目でご覧下さい。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−半時間いるだけでも狭く暗く気が狂いそうになりました。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−鉱山を出ると記念館のゲートに出ます。どうやら山の中を一周したようでした。

出口近くに鍛冶場が再現。発破ノミ、姑息ノミ、当時の道具は各自、鍛冶場で焼きさきがけました。 丹波マンガン記念館−強制連行のモニュメント−資料館にて日本史の歴史に刻まれた人権侵害の歴史が展示されています。

記念館に来て見て確かに云えること、それはここの館長の話、すべて事実ですヮ。


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