修学院離宮 前編

比叡山の麓、東山連峰の山裾に造られたShugakuin Imperial Villaこと修学院離宮へ行ってみました。




2006年10月15日(Sun)
修学院離宮 前編
修学院離宮の参観者出入口比叡山の麓、東山連峰の山裾に造られたShugakuin Imperial Villaこと修学院離宮へ行ってみました。

修学院離宮は桂離宮から遅れること30余年、もともとこの地にあったとされる修学院という寺院を1659年に風流人の後水尾上皇が造営工事をして完成させた山荘です。 修学院離宮 ダイアナ妃も訪れた修学院離宮は上離宮、中離宮、下離宮と三つの離宮(御茶屋)からなり、上離宮背後の山、借景となる山林、それに三つの離宮を連絡する松並木道と両側に広がる田畑で構成されています。総面積は54万5千平方メートルを超える雄大な離宮です。京都御所、京都大宮御所、仙洞御所、桂離宮とともに皇室用財産として宮内庁が管理しています。 修学院離宮の待合室 参観者はまずいったん待合室のような場所で簡単なビデオを見、拝観の際の注意事項を確認します。30人ほどのグループに分けられ、おおよそ75分、ガイドの説明のもと、3キロほど歩き回るのが桂離宮とは違うところです。 まず、御幸道を通って、御幸門をくぐって下離宮へ入ります。 寿月観袖形灯籠、朝鮮灯籠などを配した苑路を上ると寿月観の前に出ます。創建当時のものではありませんが、文政年間に再興されました。 一の間にかかる寿月観の扁額は後水尾上皇の宸筆です。下離宮は上離宮への拠点で、今はない湾曲閣とともに一休みの場でした。建物は柿葺入母屋数寄屋造りとなっています。一の間は十五畳で三畳の上段を設け、一間半の床と琵琶の間、飾棚があります。 その棚の戸袋には鶴の絵、下の地袋には岩と蘭の絵が描かれ、筆者は原在中です。また襖4枚には虎渓三笑の絵が岸駒により描かれています。ここには後水尾上皇のお好みの菱形模様が多用されています。二の間の正面には杉戸がありますが、光格天皇のお好みのもので、仙洞御所から移したと伝えられています。絵は夕顔の絵で、筆者は岡本豊彦です。杉戸の内側は水屋になっています。三の間はお供の控えの間で、襖絵は泊舟、筆者はこちらも岡本豊彦です。南妻に後水尾上皇の宸筆による蔵六庵の扁額がかかっていますが、蔵六庵は別棟にあり、建物は今ではありません。 三の間の奥は五畳の間で、肘掛窓から覗く外形は四季を通じて美しいと言われています。 御幸門と相対する位置にある東門から出ると視界が大きく開け、田圃のむこうに比叡の霊峰から東山、北山の山並みが一望できます。

修学院離宮 中離宮へ続く


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