清水寺と縁結び

三年坂下りたところには昭和30年代まで轟橋という橋が架かっていました。

2006年03月24日(Fri)
清水寺と縁結び
三年坂の轟川
三年坂を下りた所は昭和30年代まで川が流れていたため轟橋という名の橋が架かっていました。その川を伝って鴨川から清水寺へ行くことができ、川の名前を轟川といいました。
三年坂の轟橋の欄干
現在は上下水道の埋め立て工事で地中化されておりますが、轟橋の欄干だけが三年坂下りたところに今なお残っております。

当時の川は道でした。舟に乗って鴨川(賀茂川)から清水寺へ詣でることが出来たのです。

鴨川→建仁寺→八坂の塔→轟橋→轟門→清水寺このような順番だったと聞いています。

昔話で有名な一寸法師の歌には「観音さまにおまいりにいく」とされている場面がありますが実は舞台は清水寺への道だったのです。

『一寸法師の歌』

一  指に、 足りない、一寸法師、
   小さな 体に、 大きな 望み、
   おわんの 舟に、 箸の かい、
   京へ、はるばる、 登り行く。
二  京は、三条大臣殿に、
   かかえられたる 一寸法師、
   法師 法師と、 お気に 入り、
   姫のお供で清水へ
三  さては帰りの 清水坂で、
   鬼が、二匹 現れいでて、
   打ってかかれば その 口へ、
   法師、たちまち おどり こむ。
四  針の 太刀をば、 さかてにもって、
   ちくり ちくりと、 腹じゅうつけば、
   鬼は、 法師を はきだして、
   一生懸命、 逃げていく。
五  鬼が、忘れた 打出の小槌、
   うてば ふしぎや、 一寸法師、
   ひとうち ごとに 背が 伸びて、
   いまは りっぱな 大男。

その後、一寸法師は堀川少将となって、お姫様と円満な家庭を築かれました。
三年坂の地中化された轟川
実は清水寺と関係のある縁結びで有名な地主神社にある打ち出の小槌はこの話と関係があります。

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