赤絵の豆どんぶり

清水焼窯元福田松斎陶苑作赤絵の豆丼を紹介します。




2006年03月28日(Tue)
赤絵の豆どんぶり
清水焼窯元松斎陶苑作赤絵の豆丼
清水焼窯元松斎陶苑作の赤絵の豆丼です。極小のサイズで、人気もあったのですが、窯元が型を捨ててしまっているのでもう作れない器の1つとなりました。
清水焼窯元松斎陶苑作赤絵の豆丼
小さくても手書きで細かい赤絵の絵付けがされ、蓋の合い口もきちっと合っています。
こんなに小さいの何に使うのとよく尋ねられますが、主に珍味入れとして使い、京都ではコノワタなどを入れて供している料亭があります。
清水焼窯元松斎陶苑作赤絵の豆丼
横から見た形です。小さくても通常サイズと同じ絵付けがされています。
清水焼窯元松斎陶苑作赤絵の豆丼
どんぶりの内側は白いままです。
清水焼窯元松斎陶苑作赤絵の豆丼
高台脇にある呉須のラインから、下絵付けもきちんとしているのが分かります。
清水焼窯元松斎陶苑作赤絵の豆丼
10円玉を横に置いてみました。ちょうど2倍強の大きさです。
赤絵の豆どんぶり 2,800円  購入数

緑居窯
松斎陶苑 陶歴
初代 福田松斎は、明治初年五条坂にて専ら陶彫
を行う。その作品は遠く海外にも渡る。二代松斎名は菊次郎、初代より陶彫の技を継ぎ、また中国古陶の釉薬の研究に没頭 中でも蘇波釉、海鼠釉、辰砂釉、青磁等に妙技を揮う。大正二年窯を五条より、現在の日吉町に移し 緑居窯と呼ぶ。三代松斎は松平、昭和四年二代の跡 を継ぐ時代の推移に鑑み、広く工芸的な割烹食器及び日常生活用器等の量産を始める。事業の進展に伴い、昭和二十四年工房を松斎陶苑と称し、株式組織に改め、常に新しい機構を採り入れ京焼としての製品の合理化と品質の向上を図る。また昭和二十四年より三十五年まで京都陶磁器協同組合連合会理事長として業界の振興発展に貢献する。四代茂郎は三代松平の義弟で昭和五十六年後継者として安田より福田に移籍、代表者となる。一方に於いては新匠工芸会会員として作家活動を続ける。五代一平は、四代茂郎の長男。父の薫陶を受け、平成三年より、代表者となり、現在に至る。     


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これからも時を重ねて育まれた京焼・清水焼ならではの雅な意匠と、職人の手技を次の世代に伝えて行きたいと思います。

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