京焼・清水焼 窯元 谷口松韻堂 京都三年坂よりほんまもんの清水焼の今昔をお届け致します! - 2007/09/07

京都の三年坂から京焼・清水焼の今昔を発信致します。

2007年09月07日(Fri)▲ページの先頭へ
大江山の雨は鬼のナミダ
大江山 鬼のモニュメント酒呑童子の里で知られる大江山の中腹にある有名な鬼のモニュメントを曇り空のもと、見に行きました。 大江山 鬼のモニュメント酒呑童子の里から車を走らせること5分の場所にそれはありました。 大江山 鬼のモニュメント
大江山鬼伝説 一千年記念
 鬼
 京都府知事 荒巻禎一
大江山 鬼のモニュメント台座にはめ込まれた銅板によれば、ウルトラマンのデザインを担当したアートディレクター成田亨氏の製作だそうで、巨大な石の台座に3体のブロンズ像の鬼が乗っています。 大江山 鬼のモニュメント三体の鬼は酒呑童子・茨木童子・星熊童子とそれぞれに名付けられています。 大江山 鬼のモニュメント大江山の酒呑童子はリアルな恐ろしい形相でかつて悪さをはたらいた京都の方を指さしています。

鬼伝説によると大江山の酒呑童子は京都と丹波国の大枝(老の坂)に住んでいたとされる鬼の頭領で、背丈が6m以上、角5本、目が15個もあり、しばしば京都に出現し、若い貴族の姫君を誘拐して側に仕えさせたり、刀で切って生のまま喰ったりしたそうです。 大江山 鬼のモニュメント脇を固める従者の茨木童子と星熊童子がそれぞれにポーズを決め威嚇しています。どの顔も長髪で痩身、鬼の交流博物館でいろんな鬼を見ましたが、最も恐ろしい印象を受けました。 大江山 鬼のモニュメント大江山山頂では運がよければ雲海を見れるそうですが、その日の大江山上空にはまさに雲海が広がっていました。 大江山 鬼のモニュメント そんな酒呑童子もときの帝が源頼光らに鬼退治を命じ、騙されては神便鬼毒酒という酒を呑まされ、寝首をはねられたと云われています。しかしその首は死しても頼光の兜に噛み付いて離さなかったそうです。 大江山 鬼のモニュメント少し辺鄙な場所にあるので私以外だれもおらず。 鬼の目にも涙と言うことわざがありますが、その日ぱらついた大江山の雨は鬼の無念を表しているように思えました。

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関宿 探訪その3
関宿 探訪その3三重県と滋賀県をまたがる鈴鹿峠にある重要伝統的建造物群保存地区 関宿探訪その3です。

宝珠の玉をかたどった大きな虫籠(むしこ)窓にかつての繁栄が偲ばれます。虫籠窓は建物二階正面にある漆喰で塗籠めた竪格子の窓。「玉屋」ではその屋号にちなんで宝珠の玉(玉から火焔があがる様)をかたどったと案内で説明されています。 関宿 探訪その3関宿を代表する旅籠、玉屋です。
玉屋(旧村山家)は、「関で泊まるなら鶴屋か玉屋、まだも泊まるなら会津屋か」と謡われたほどの、関宿を代表する大旅籠のひとつでした。 関宿 探訪その3 現在は関宿旅籠玉屋歴史資料館と名前を変えて、 江戸時代の旅籠の様子を今に伝える貴重な建造物として関町の文化財に指定され、玉屋で使われていた道具類、庶民の旅に関係する歴史資料、歌川(安藤)広重の浮世絵などを展示しています。 関宿 探訪その3ここは江戸時代の旅籠建築を修復し、当時使われていた食器やお膳類、庶民の旅に関係する歴史資料などを展示した日本最初の旅籠資料館とのことです。 関宿 探訪その3昔の宿帳やおくどさん、江戸時代のの風俗をかいま見れます。 関宿 探訪その3玉屋の昔懐かしい土間を奥に進むと右手には井戸端があり往時の台所を緻密に再現。左手には時代劇でもよく目にする帳場があります。 関宿 探訪その3離れです。離れの奥には浮世絵を展示してある大きな土蔵がありました。階段が狭く、蒸し暑かったので当時の旅人はどうやって夏の暑さを凌いだのか疑問に思いました。 関宿 探訪その3玉屋の二階には旅籠で使われていた食器・食膳が展示、宝珠の紋様の入った食器もありました。 関宿 探訪その3玉屋をでて西追分方面へ向かうと新所にたどり着きます。 関宿 探訪その3新所は関宿の西側に位置します。地蔵院の門前となる新所東側は、中町と一体の家並みを形成し、中二階の町家が多く、主屋の横に庭を設けて高塀をめぐらす質の高い町家もみられます。 関宿 探訪その3一方新所西側は、その大半が小規模な平屋で仕舞屋風であるため、全体としてやや地味で落ち着きのある町並みです。各町家の格子や庇の幕板などの伝統的な細部意匠が比較的よく残っています。 関宿 探訪その3山車倉です。関の山という言葉の語源になった関宿の山車は最盛期には十六基ありました。互いに華美を競い、また狭い関宿を練ったことから生まれた言葉で、現在は4台の山車が残り、四カ所に山車倉があります。 関宿 探訪その3伊藤本陣跡の石標。関宿には川北本陣、伊藤本陣の2軒の本陣がありました。本陣は参勤交代の大名や公家、公用の幕臣などが利用した格式の高い宿泊施設です。 関宿 探訪その1 そのほかにも東追分にかけての木崎の町並みも昔のままに残っておるそうですが、時間が無かったので次回また巡ることにしました。
関宿って広い。


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創業安政2年(1855年)
これからも時を重ねて育まれた京焼・清水焼ならではの雅な意匠と、職人の手技を次の世代に伝えて行きたいと思います。

谷口松韻堂
京都市東山区清水3−319
TEL/FAX
075-561-8520

営業時間 9:00〜18:00
定休日 無休

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