京焼・清水焼 窯元 谷口松韻堂 京都三年坂よりほんまもんの清水焼の今昔をお届け致します! - 2007/06/14

京都の三年坂から京焼・清水焼の今昔を発信致します。

2007年06月14日(Thu)▲ページの先頭へ
楽茶碗 ほたる
伊東桂楽作の楽茶碗 ほたる 京都の桂窯こと伊東桂楽作の楽茶碗 ほたる です。 伊東桂楽作の楽茶碗 ほたる ザングリした楽茶碗の表面には夏の風物詩、ほたるの絵柄。正面に2匹、離れて1匹、草の露を求めフワフワと飛んでいます。(ホタルの光以外はすべて下絵付け) 伊東桂楽作の楽茶碗 ほたる  ほたるが留まる細い葉は筆で直接描くのでなく、掻き落としの技法。白い化粧土を引っ掻いて落としています。 伊東桂楽作の楽茶碗 ほたる 茶わんの内外を濃い白泥で塗りこめるので、このように刷毛目が割れた景色、水薬のように透明感のない薄い釉肌がこの楽茶碗の持ち味です。 伊東桂楽作の楽茶碗 ほたる 外側に比べてアイボリーがかった内側。手びねりの口造りは若干内側に抱き込まれています。 伊東桂楽作の楽茶碗 ほたる 楽土のおもしろみを魅せるため毳立たせた腰回りの削り跡。 伊東桂楽作の楽茶碗 ほたる いろいろ講釈たれましたが最後に。
この楽茶碗、最大の魅力は暗闇にてホタルが本物の光を放つ点にあります。 伊東桂楽作の楽茶碗 ほたる 両手で持てば手のひらの上、ホタル舞う幻想的な景色を堪能する事が出来ます。幽玄の世界、大粒の光を放つは源氏蛍でしょうか。

寸法 直径11cm×高さ7.5cm 重さ280g 木箱付
楽茶碗 ほたる 23,000円  購入数



経ヶ岬灯台−京都の北の果て−
経ヶ岬灯台−京都の北の果て−京都の最北端というか近畿の最北端にあたる丹後半島 経ヶ岬灯台に先日行きました。 経ヶ岬灯台−京都の北の果て−天橋立あたりから、伊根町を経て、国道178号線を更に北上。
海沿いの景色と道路が整備されて走りやすいのか多くのバイカーとすれ違いました。 経ヶ岬灯台−京都の北の果て−経ヶ岬レストハウス横の道を折れると1キロほどで灯台へ昇る駐車場につきます。(ここから見る景色、ペルーのマチュピチュに見えてるの私だけでしょうか) 経ヶ岬灯台−京都の北の果て−ここから山頂展望所と灯台へは400メートルの山道。 経ヶ崎灯台−京都の北の果て−北側には京都の海がよく見えます。(別にタヒチや沖縄にいかずとも日本海いや、京都の海のほうが青かった)

ちなみにここ経ヶ崎の名は昔、岬に悪竜が住みつき、暴れまわり、海は大荒れに荒れつづけ、舟人や漁師を困らせました。人々は困り果て、大陸の文殊菩薩にお願いし、文殊菩薩は経をもって、悪竜と長い間戦い、やがて文殊菩薩の教化で悪竜は善竜になりました。そして、二度と再び、悪竜に戻らないように、一万巻のお経を納めたので、経ヶ岬と呼ばれるようになったといわれています。 経ヶ崎灯台−京都の北の果て−結構悪路ですが、ここ京都ととても思えないほど自然の宝庫です。写真を載せませんがモリアオガエルの卵を久しぶりに見ました。 経ヶ崎灯台−京都の北の果て−まるでギリシャ神話の世界。
やがて青い海と緑の山のなか、美しい白亜の灯台が見えてきます。 経ヶ崎灯台−京都の北の果て−到着。
高さ12メートルの経ヶ岬灯台、犬吠埼灯台、室戸岬灯台と並ぶ日本三大灯台の一つなんだそうです。


下記は経ヶ崎灯台案内板より
明治31年12月25日に建設、初点灯 をして以来今日まで、日本海を行き交う船舶の安全を 守り続けてきました。  この灯台のレンズを回転させる機械は、水銀槽式 回転機械と呼ばれるもので、1893年フランス技師、 プール・デーュ氏が重いレンズを円滑に回転させるた めに発明したもので、当時、画期的な発明として、世 界中から注目され、パリで開催された万国博覧会に 展示されたものを、そのまま購入して、経ヶ岬灯台に設置したものです。


経ヶ崎灯台−京都の北の果て−海抜140m上、一世紀以上日本海を守り続ける海の守り神も灯台守はおられず無人でした。 経ヶ崎灯台−京都の北の果て−映画「喜びも悲しみも幾年月の舞台」とも知られるこの場所、多くの老夫婦と出会いましたが映画を知る私は話しかけてはいけません。 経ヶ崎灯台−京都の北の果て−そして経ヶ岬山頂展望所にて。
かまや海岸と丹後松島、犬ヶ岬、冠島などすべてが見通せます。

紺碧の海と空、碧緑の山々とのコントラストが美しく日差しのせいか、最高級の見晴らしでした。
京都百景にも選ばれたのも納得できます。


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木島神社の狛猫
狛猫のいる風景日本でも珍しい狛犬ならぬ狛猫です。 金刀比羅神社の狛猫京都は峰山のこんぴらさんこと金刀比羅神社の境内 木島神社の前に守り神として鎮座しています。 狛猫のいる風景左側の口を開けた阿形の猫は子猫を抱いているのでメス。 狛猫のいる風景吽(うん)形の表情はオスでしょうか。 狛ねこ親子で神にお仕えしています。以前は涎掛けがかかっていたと思うのですが、訪れた日にはありませんでした。 狛ネコなぜ、狛犬ではなく狛猫なのか?

丹後ちりめんで有名な峰山町、地元ちりめん織業者らの信仰によってここの神はお迎されたものだそうです。

養蚕の大敵はネズミで、マユや蚕などを食い荒らすということで養蚕を営む家にはネズミ退治するネコは有り難がられました。

そういう理由で、今もこの丹後峰山の地で「機織養蚕の守護神」にお仕えしているのです。 木島社の狛猫ちなみにこの神社、狛猫だけでなく他の動物もこんなにいっぱい。面白いものを見つけましたがその話は次回に。


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阪急電車の家、発見。
阪急電車の家先日、福知山へ行った際、176号線を通ると例の阪急電車の家を発見しました。
雨晒しなので残念ながら半年前より塗装が剥げてきている模様。 阪急電車の家雲原の環境は素晴らしいですが、阪急電車の家、はたしていまも住みやすいのでしょうか。

私ごとですが阪神電車でなく阪急電車なのは嬉しい限りです。

なぜって京都人の私はもちろん阪急ファン、子供の頃、西京極球場に通っては福本豊選手にサインをもらいましたもん。。
(今は京都サンガファン)

以下は両丹日日新聞2007年1月 2日付より引用
景色に溶け込むアズキ色 車内を改装し居住空間に    福知山市雲原に、阪急電車の車体1両が置かれている。尼崎市に住む男性が、セカンドハウスとして持ち込んだもので、車内は床などを張り、生活できるように改造。おなじみのアズキ色の車体は山々に囲まれた周囲の風景に溶け込み、地域の「名物」にもなっている。   1両を3部屋に仕切り     持ち主は尼崎市武庫之荘在住の芳森澄男さん(71)。以前から電車が欲しくて、当初はJRの車体を望んでいたが、自宅近くの阪急電鉄・武庫之荘駅の駅員から、解体される阪急電車の車体を売ってもらえることを知り、阪神淡路大震災の翌年の1996年(平成8年)に購入。雲原に所有する土地に置くことにした。   冬の寒さは厳しいが住み心地は抜群    車体は64年(昭和39年)に製造されたもので、全長20m、幅2・8m、高さ3・7m、重さは38tある。京都線や嵐山線で走り、震災の年まで現役として活躍した。    購入費はレールと枕木がついて10万円と安かったが、福知山までの運搬・設置費が約300万円かかった。セカンドハウスとしての利用のため、車体内部は消毒したあと、生活できるように改装。床に板を敷き、その下には断熱材を入れて、1両をカーテンレールなどで3部屋に仕切った。座席は取りはずさないで、ソファ替わりにしている。つり革も一部はずしているものの、多くがそのまま。運転室は国道175号に面しており、見晴らしが良い。   玄関には表札も    運転室の後ろの部屋は家族が訪れた時に使う部屋。その後ろは芳森さんの寝室。最後尾は居間としてこたつなどを置き、くつろげるようにしている。車体の最後尾とくっつくような形で台所とトイレ、玄関などを備えた建物を造った。改装や建築はほとんどが自分の手で。大工経験を生かして、住みやすいように工夫している。電気や水道をひき、玄関には表札もかけた。    住居として使うようになったのは6年前から。建築のオペレーターの仕事をしながらも月の半分は雲原に戻り「電車」で暮らす。      「住み心地は抜群」と芳森さん。この地方は盛夏でも涼しく、扇風機も夕方に使うぐらいという。半面冬は、車体が鉄製のため、寒さがこたえるが、「こたつに入っていたら大丈夫」と話す。    国道に面していて、車の行き交う音は響くが、実家のある尼崎のほうが、飛行場が近いためジェット機の騒音でうるさく感じるという。最初のころは家族も来ていたが、今はほとんど芳森さんだけが訪れ、炊事や洗濯、掃除などをこなす。「こちらにいる時は草刈りやペンキ塗りなど、忙しく動き回っています」    車体はさびやすく、特に雪が当たることが多い右側面は腐食が激しい。このため3年に1回程度塗り直す。   ドライバーの注目の的 かつての車掌も訪れる   「なんでこんなところに阪急電車が…」と驚くドライバー。「珍しい」と車から降りて、記念写真を撮る人。偶然、車体番号「2861」を見て、家の近くを走っていた電車と分かり、じっくりと眺めに来た人がいた。この電車の車掌だったという人が、かつての仕事場だった車体を懐かしそうに見つめる姿もあった。    趣味は「ここ(雲原)で暮らしてのんびりすること」という芳森さん。「車体は塗装さえきっちりすれば何年も持つ。元気な間は補修していつまでも大切にして住みたい」と望む。    アズキ色の車体は雲原の四季の自然によく似合う。「この色で本当に良かった」と、つくづく思っている。
 
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創業安政2年(1855年)
これからも時を重ねて育まれた京焼・清水焼ならではの雅な意匠と、職人の手技を次の世代に伝えて行きたいと思います。

谷口松韻堂
京都市東山区清水3−319
TEL/FAX
075-561-8520

営業時間 9:00〜18:00
定休日 無休

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こちらもよろしくおねがいします。
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